セリンは、手の内のコップで軽く喉を湿らせると、語りだす。

セリン「あれは、6年前のことだ。第4紀195年。僕は、スカイリムの北東、ウィンターホールド大学に入学していた」


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ウィンターホールド大学は、スカイリムにある唯一の魔術師ギルドだ。
亡霊の海に浮かぶ孤島に、ウィンターホールドの要塞から橋が架かっている。
その本土と切り離された立地から見ても、スカイリムで忌避される魔術師というものを象徴しているような建物だった。

セリン「あそこの住民は、大学以外何もないところだと言うけど、ほぼ正しい。元々は災害でそうなってしまっただけらしいが、それから壊れた家屋を何十年も放置してるのは首長が怠けているとしか思えないな」





オタマ「あんた、あそこの所属だったの」

セリン「今も籍なら残ってるよ。当時の学友も居るし、時々顔を出してる。僕と同期で入学した奴らは、みんな凄腕だった」

彼は当時を懐かしむように、目を細める。


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セリン「『雷光魔剣サンダーブレード』のセヴェリーニ。『歩く治療院ワンダリングホスピタル』のセラ。『幻影変異メタモルフォーゼ』のブレリナ・マリオンに、『解析不能ブラックボックス』のジェイ・ザルゴ。それだけじゃないが、才能に恵まれた奴らが揃ってた。要するに大学にとっては当たり年だったわけだ」

フィア「ぶっ…… ゲホッゲホッ」

フィアはその二つ名の羅列を聞いていて、不意に飲んでいたワインを吹いてしまっていた。
そのアレなテイストもそうだが…… 彼女が知っている名が出ていたからだ。
皆はむせている彼女を変な顔で見ていたが、オタマは何かに気づいたように顔を上げる。

オタマ「……待って、その中に今の大学のアークメイジが居るんじゃない?」

セリン「そうだよ。僕達が居る時にアークメイジの世代交代があったんだ。前任者のサボス・アレンが事件に巻き込まれて殉職してしまったから」

この話がどう、ウェズと繋がるのかが見えていない。
だが、それはフィアだけではなく、オタマですらそのようだ。

セリン「……話を戻そう。僕と同期の友人たちは、大学で一緒に学んでいたんだが、講義の一環でサールザルの遺跡に向かうことになった。古いノルドの都市で、もう今は廃墟と化している所だ。しかし、それだけじゃなかった。地下に、とんでもないものが封印されていた。『マグナスの目』と呼ばれる、巨大な球体だ。それを、僕たちが発見した」


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フィア「巨大な球体?」

セリン「幅がマンモスくらいあったな。光を放ちながら、浮いていた。すぐそばに居たドラウグルが、そこから謎の力の供給を受けて暴走していたよ」

オタマ「……あぁ、やばい系のアーティファクトか」

うんざりした顔をするオタマ。

セリン「そんな単純なものでもなかったがね。なにしろ、サイジックがわざわざ現れて警告してきたからな。これは君たちには使いこなせない、手に余るものだ、ってね」

サイジック会。
彼らは秘密主義の魔術師ギルドと言われていて、その実態がよく判っていない者たちだ。ただ、その実力は一般的な魔術師達とはかけ離れていて、絶大な魔力を持っているらしい。
100年以上前、彼らはその本拠地のアルテウム島ごと別の時空に消えたままだという。ただ、昔からその島は位置が不定で、サイジックによって海のどこにでも移動できるという話だったから、彼らから招かれた者以外が目にすることはまずないのだ。

オタマ「サイジックって、サルモールから逃げてる奴らでしょ。別の時空に引きこもってるくせに、時々お節介に出てくんのよね。うざったい」

サイジックもサルモールも主要な構成員はアルトマーのはずだが、反目しあっている。
魔術をどう使うのか、どう継承していくかという方法論において、お互いが相容れない主義の持ち主だということらしい。
ただ、サイジックは政治に干渉しない。サルモールが勢力を拡大してきて帝国が危機に陥っている今でもだ。オタマの言うように逃げていると取れなくもない。

セリン「ま、彼らが来たのは、僕が彼らの残したセキュリティシステムに不用意に触れてしまったのが原因ではある」

ヴィオラ「アンタねえ……」

ウェズ「ウチの父は遺跡とか荒らす人なので……」

ウェズの注釈に、咳払いをひとつ。

セリン「あー、ゴホン。警告はされたんだが、それで止まるとは彼らも思ってなかったらしい。なにしろ、好奇心の塊の魔術師達だ。特大のアーティファクトを見つけたら、喜び勇んで持って帰るに決まってる。結局、それは大学に安置された」

オタマ「展開が見えてきたわ。それ、余計なことする奴が出るでしょ」

セリン「大当たり。サルモールから顧問って名目で来てたアンカノって男が、勝手に暴走させた。最初のドラウグル同様に暴走していてちっとも手がつけられなかった。違うのは、ドラウグルは魔力の供給を断てば倒せたが、アンカノは強引に巨大なバリアを張って、マグナスの目ごとその中に引っ込んでしまったことだ。本人にしてみればそれで制御できているつもりだったんだろう


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力の供給ルートごとバリアで囲まれてしまっては、遮断しようがない。

セリン「アンカノは飲まず食わずでずっと目から力の供給を受け続けていて、バリアが徐々に大きくなっていく。アークメイジは奴を止めようとしたが、反動で命を落としてしまった。目には制御用の杖があるということが調査済みだったから、マスターウィザードが必死に押しとどめているうちに、僕らはそいつを急いで探索してきたんだ」

ヴィオラ「アークメイジがやられるような相手に、そんな長く保つものなの?」

セリン「いや、無理だったよ。戻ってきた時には既に亡くなってた。僕らは、手に入れたマグナスの杖を使って目の暴走を沈めて、アンカノに引導を渡した。そこに重役出勤で現れたサイジックが、目は自分たちで封印する、って言って持っていって、事件は終結。首脳部を失った大学だけが残された」

オタマ「それだけ大騒ぎしといて、自分で動かないで結果だけ持っていくあたり、奴ららしいわ」

セリン「まあな。 ……ともかく、早急に大学を立て直すために、アークメイジを選任する必要があったんだが… なにしろ、ウィンターホールドは辺境だ。魔術師の権力争いの影響を受けにくいのはいいが、それぞれ勝手に自分の研究をしたい奴ばっかが集まってる。役職がつけば当然他人のための余計な仕事が増えるわけだから、歓迎しない奴は多い」

ヴィオラ「面倒臭いのが嫌いなのは、魔術師も似たようなもんね」

言いながら、ダリオに目線をやるヴィオレッタ。
彼は素知らぬ顔でベイクドポテトを突っついていた。
……ため息が漏れる。

セリン「……逆にそれを望む奴はだいたい、立場を使って何かロクでもないことをやりたがると相場が決まってるから、好きに立候補させるわけにもいかなくてね。結局、事件解決の功労者なら丸く収まるだろうということになって、僕たちが推薦された」

何の功績も無い者がアークメイジの椅子に座っているのは問題だろうから、当然と言えば当然の流れだ。

セリンただ、そこでも辞退者が多くてね。ブレリナは権力争いなんてまっぴらごめんだと断り、セラは他にやることがあると言って大学を出た。僕もあの辺境に行動が縛られるのは困るから辞退した」

フィアは話を聞いていて、ふと疑問が浮かんだ。
これは6年前の話だ。つまり、セリンがドラゴンボーンとして覚醒していない頃の話になる。
当時から、セリンは単に研究するとかでなく、何か別の目的があって大学に行っていたのだろうか。
それを言うなら、ゼディスの組織を作ったのもその前なのだろうが……
今は自分の知っている名前が出ていることの方が重要な関心事だから、突っ込むことはしなかった。

セリン「……アークメイジになりたがったのは、ジェイ・ザルゴだけだ。だが、彼は自分の魔術実験で怪我人を出したばかりで、謹慎中だった。さすがにそれはないだろうってことで、最後に残ったセヴェリーニがやるしかなくなったのさ。『君らには責任感というものはないのか?』って愚痴ってたよ。まあ、今は補佐役のマスターウィザードを登用してるから、仕事も多少は楽になったらしいがね」

苦笑いをする。
あいつなら、やりそうなことだ。

オタマ「……とりあえず、大学に用事がある時にアンタの名前が使えそうってことは収穫ね。ただ、ここまで聞いても何が関係してるのかさっぱりよ」

セリン「……まだ、話は途中だ。その選出のついでに、残されたマグナスの杖を誰が管理するか、を決めていたんだ。重要なアーティファクトだから悪用されないように保管しておかないといけない。そいつを僕が引き継いだ」


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ヴィオラ「それって何かあった時のための封印用のものでしょ? それこそそのサイジックって奴らが必要としてそうなのに」

セリン「多分、彼らも自分達だけで災害を防げるとは思ってない。放っといたらニルンが滅亡してたとかそういうのは困るから、解決手段を置いていくんだろう」

別の時空に逃げていると言っても、戻ってくる所がなくなってしまったらやはり問題なのかもしれない。

セリン「……ところで、その杖なんだが、害はなくとも、異常なマジカを常に発してる。これを見つけるきっかけになったのは、ドゥーマーの遺跡にあったタムリエルの地図なんだ。杖が埋まってる場所には地図に異常が発生していた。異質なマジカを放出している物質があるから、地図の表示に悪影響が出たんだそうだ。サイノッドの調査員に教えてもらったよ」


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オタマ「なんか色々面倒くさい奴らが出てくるわね。今度はサイノッドか」

サイノッドは帝都シロディールの魔術師ギルドだ。
もっとも、帝都にはもうひとつ大きな魔術師ギルドがあって、そこと政治的に敵対し、魔法訓練そっちのけで足の引っ張り合いをしている。オタマから見れば、実力的には大したこと無い奴らだろう。

セリン「まぁ、偉そうにしてただけで別に邪魔はしてこなかった。センチュリオンに皆殺しにされかけていた調査隊の最後の生き残りだったからな。 ……で、この地図、タムリエルの上で2つの異常地点を観測していた。片方は杖。もう片方は、当時ウィンターホールドにあった、マグナスの目だ。だけど、別に事件後も変わりなかった。ちゃんと2つを指し示してた」

オタマ「……ん?」

セリン「……つまりね。杖だけじゃなく、目も映ってたんだよ。事件の後に。サイジックがマグナスの目を持っていった先は、僕には筒抜けだったのさ」

オタマの表情が、変わる。

オタマ「あんた、まさか」

セリン「僕にはアンカノと違って、杖があるわけだからね。安全に制御できるのさ。それに、大学以外にも知識が豊富な協力者がいる。こういう事に大学の親しい友人を巻き込みたくはないから、事件の時は見送ったけど、結果的にはそれでよかった」

みんな、気づいた。

ヴィオラ「その『目』を、盗んだのね……」

セリン「それは、ハンマーフェルのアリクル砂漠にあった。山で隔絶されてる地域だから簡単には見つからないだろうという判断だろうな。僕が見に行ったら、でかい遺跡の中に運ばれていて、まだ封印は完成していなかった。一見判らないように隠されていたが、かえって好都合だったよ。だって、偽物とすり替えておけば、そっちを封印してくれそうだったからね」


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この男は、夜母のミイラの前に、もっと大物をすり替えていたということになる。
今回失敗したのは、それで油断したせいもあるのだろう。

セリン「ダミーとすり替えて目を持ち出した後、しばらくしてからこっそり確認しに行った。サールザルと同じものが出来ていたよ。だから、サイジックは今もまだそこにあると思ってるはずだ。遺跡の魔力異常の地図のほうは、その後サイノッドが再び送ってきた調査隊によって分解され持ち去られた。奴らには元通りに直せないだろうな。つまり、目が盗まれた先を知る手段は失われてしまったわけだ」

フィアがオタマを見ると、何か小声でぶつぶつ呟いている。

オタマ「まさか、……でも、それなら……」

オタマは、何かに気づいたのか。
セリンは、そのまま続きを話している。

セリン「マグナスの目に関してもっと詳しいことを知るためには、大学の蔵書では全然不足だ。アンカノがいたところを洗いざらい探って、サルモールの管理する情報も拝借して、元サイジックの女性の知識も借りた。ちゃんと判るまで、無闇に接触しないようにした。実際危険だったからな」

ヴィオレッタは何か、嫌そうな顔をしている。

ヴィオラ「元サイジックって、あの人……?」

セリン「多分、君が考えてる通りだ。ウチで抱えちゃいるが、基本的に関わり合いにならない方がいい人物だから、説明は省くよ。 ……で、判ったことだが。これは、イスグラモルの時代…… まあ大昔だな。その時に、当時の文明レベルを遥かに越えたオーパーツが出現して、コントロール法が分からなくて災厄と化してしまったのを、その時点でドゥーマー最高峰の技術を使ってなんとか封印したものだということだ」

ウェズ以外はきょとんとしている。
いや、オタマは俯いて何やら考え込んでいた。

フィア「……よく判らないです」


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セリン「……例えると、マグナスの目という球体は、檻なんだよ。その中身が絶対に出てこないように、特殊構造になっている機械仕掛けの封印だ。暴れられて酷い目に遭ったから、閉じ込めたのさ。ただ、それでも中身が強すぎるから、力の一部が漏れていた」

ドゥーマーの技術でも封印しきれていないというのは相当なモノだ。

セリン「実のところ、サルモールはこれがそういうモノであると知っていた。計り知れない力を持つこともね。だが、今現在どこにあるかまでは把握していなかったんだ。それがウィンターホールド大学にやってきたのを見たアンカノは、絶大な力を独占できるチャンスだと思って、サルモール本部に報告せずに自分だけで力を引き出そうとしたんだ。焦っていたから十分な準備もせずにね」

むしろ、サルモール本部に情報が行かなかったことは幸いだったのだろう。
彼らが知っていたら、アンカノだけでなく軍が動いたかもしれないのだから。

ヴィオラ「そんな力を持ってるのが暴れたらどうすんのよ。杖があるってったって、制御できなかったらどうなるか、判ってて盗んだのよね?」

セリン「……この中身が暴れたのは、交流に失敗したせいだ。当時なら仕方なかったかもしれないが、それから700年以上もの間、ドゥーマーは生きて文明を発展させ続けていたんだよ。彼らの技術を使えば、今はなんとかなる。そいつを見つけて安全に起きてもらうのに、それから丸1年かかった」

オタマが、口を開いた。

オタマ「……いい加減気づかない? その、中身が、ここにいるんだよ!」


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彼女は、その指をウェズに突きつけていた。
一党の面々も、フィアも、固まっている。

ウェズ「……あー、あはは」

オタマ「あははじゃねえ! やっと納得したわ。アンタが『マグナスの目』なんだろうが!?」

フィア「え、え…… どゆこと?」

オタマ「こいつは人間の形して動いてるけど、普通の生き物でもデイドラでもない。魔法で作れる人形ホムンクルスでもなければ、金属で出来てるオートマトンでもない。だから不思議だったんだよ。 ……今なら判る。その放ってる異質な魔力、オーパーツそのものだ!」

オタマの感じていたのは、単にウェズの魔力の管理能力がずば抜けていることだけではない。
ウェズ自身の身体が異質な魔力を帯びているのだ。
もしも彼女が自分で力を抑えていなければ、周囲の魔力が変質していくほどに。

ウェズ「……一応ね、完全にそのものかってゆーと、厳密には違うのよ。だって、あたしは一度、セリンに初期化フォーマットされてるからね」

フィア「……初期化?」

ウェズ「一度、頭の中身をからっぽにしたってこと。基礎的な知識というか、最低限のものは残ってるけどね。大昔に溜め込んでた、気が遠くなるくらいの量の知識はもうあたしにはない。あたしが『キンミューン』って名前で動いてた時、何をしてたのか覚えてないの」


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セリン「……ウェズの以前の記憶は、外部に移してはあったんだ。どんな古代の叡智がそこに記されているかなんて判らないから、保存しておくべきだと思った。だから初期化処理をする前に、彼女の記憶をドゥーマーの辞典に移したのさ。カラの辞典が何個も一杯になったよ。この娘が落ち着いてちゃんとした判断能力を備えてから、危険を承知の上で中身をチェックしてもらおうとしたんだ。でも……」

ウェズ「あたしはね、要らないって言ったの。あたしが最初に作られた時と状況が違いすぎるからね。この人間に近い身体を新しく作りなおして、この世界の人と一緒に生きるって決めた時から、もう、それは全部ゴミ情報なの。サイジックが言うように、あたしの使いこなせない部分がそこにあっただけ」

ウェズは、さっぱりした顔で、みんなを見た。

ウェズ「だから、それは全部復旧できないように壊しちゃった。あたしにとって大事なのは、セリンの養女として生きてきた記憶のほうだから。もう、あたしは災厄にはならない。なりたくもない。これから先のタムリエルの未来を作るのに、力を使いたいの」

そう言って、笑った。



ダリオ「……とりあえず、元々が普通の人間じゃないんだってことは判った。ただ、俺らとしては、夜母の力をあんたが引き継いだことで、一党は今後どうしていけばいいかって事の方が気になるんだ」

ウェズ「んーと、そだね。決定的に違うことがある。もう、黒き聖餐は何の意味もないよ。あれでシシスと契約はできなくなったからさ。単に、一党来て下さいって、見てる人にアピールするだけのものになる。直接依頼に来る方がずっと早いと思う」

セリン「君たちが、まだ自分たちで聖餐探しを続けたいというなら構わないよ。ウチは今後、聖餐をしてない依頼も君らに伝える。選ぶのは君たちが好きにすればいい」

おそらく、黒き聖餐という儀式は廃れていくのだろう。依頼に必要な手順としてはあまりにも重い。
だいたい、人の死体を作る仕事を頼むために、人の死体が必要になるというのはそれ自体矛盾しているようにも見える。夜母的には譲れないポイントだったのだろうが。

セリン「例の仕事に関して言えば、ウチでもまだサポートする。毒を食らわば皿までだ。完了まで面倒見るさ」

ダリオ「ちゃんと責任取る気はあるんだな、安心したぜ。 ……さて、ナジルや他の奴らにどう言ったらいいだろうな」

ヴィオラ「……夜母のミイラが無くなっちゃったこと?」

ダリオ「それは火事で焼けちまったことにするしかないだろ。ミイラの灰ならあの中に残ってるんだから、気にする奴は拾ってくればいい。そんなことより、俺たちの住む場所がないのが最大の問題だ」

それを聞いていて、リスがウェズの足をつんつんとつついた。


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ウェズ「……え、今? みんな驚くんじゃない?」

ダリオ「おい、お前な……」

その、二人の反応を見て、ヴィオラが目を丸くした。

ヴィオラ「……まさか、リス、夜母と同じなの!?」

それを聞いて、一同がぎょっとなる。

ダリオ「……それが、こいつがついてきてる理由だ」

ウェズ「ちょっとだけ、待ってね」

ウェズは、リスの背中を触ると、少し目を閉じる。

ウェズ「おしまい。後は本人からどーぞ」

ウェズが何をしたのか、すぐに判った。

リス「やっと、アンタ達に直接話せるわ。ほんと、”聞くだけ”なんてロクなもんじゃないわね」

オタマ「……念話の周波の制限、取っ払ったのか」

ウェズ「そそ。これでみんなが”聞こえし者”だね」

リス「それ、そんな呑気な称号じゃないわよ…… ともかく」

リスは一旦仕切り直すように周りを見回す。

リス「自己紹介は省くわ。それでも、タダの蜘蛛じゃないのは判るでしょ。私はシシスの眷属だし、昔っから一党の事情を知ってるの。これからに必要な人材を放っておかないでほしいわ。ダリオの兄さんにシセロの居場所教えたのも、私だから」

セリン「そうか。 ……やっと、パズルの足りないピースが埋まった」

セリンがひとり頷いている。
リスは、ダリオの方に顔を向けた。

リス「私の力と知識は、兄弟達の役に立つはず。とりあえず、住む所がないならドーンスターの聖域を使いなさい」

ダリオ「シセロのせいで水没してる所をか?」

リス「あの仕掛けは元々あったの。シセロは知ってて使っただけ。遠隔操作できたのはあいつが細工したからだろうけど、壊れてなんかないはず。水を抜くスイッチはちゃんと別にあるわよ」

ダリオ「てことは、あの檻が錆びてたのは、塩水のせいかよ。 ……住めるとはいえ、しばらく磯臭そうだ」

リス「そこらは我慢しなさい」

とりあえず、一党にとっての目下の問題は解決しそうだった。
セリンが肩の力を抜いた。

セリン「僕は、ウェズが隠し事してたのが気になってたんだ」

ウェズ「仕方ないっしょ。問題が片付くまでは、バラしちゃだめっていうリスとの約束だったからね。聖域突入前に、リスと会ったんだ、ウチの庭で」


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リス「驚いたわよ。一発で私の素性見抜かれたからね。そして、判った。夜母が『災厄の子』とか言って恐れてるのが、この子だって」

ウェズ「あー、そんなこと言ってたねあの人。ただ、話聞いてると、リスは夜母の支配を歓迎してるように見えなかったからさ。協力しようってお願いしたの」

ダリオ「お前、あの礼拝堂の入り口の仕掛け、教えたな」

ダリオがリスを睨む。
それに、リスは真面目な声で応えた。

リス「……兄さん、私はね。別にシセロを売り飛ばしたかったわけじゃないのよ。その子に、夜母を救ってもらいたかったの」

確かに、ウェズは『苦しみから解放されるには、こうするしかない』と言っていた。

リス「夜母は、虚無の中を好きに行き来して、黒き聖餐を見つけて、そして聞こえし者に依頼を伝える。一党に殺害された対象者とか、仕事で亡くなった一党の兄弟は、虚無の中で永遠の安らぎを得る。そういう仕組みになっていたわ。それは、割とみんな知ってる」

一般的な、闇の一党の教義だ。

リス「でもね。夜母自身は、虚無をどれだけ旅しても、安らぐ暇なんてない。あれだけ愛してるシシスに、受け入れてもらえてないの。生前の苦しみをずっと抱えたまま、一党のための歯車として動き続けてる。それで終わりがないなんて、見てて辛いじゃない……」

一党とシシスとの橋渡しをして、一党の将来を予知の力で導き続けた夜母。
虚無の中で永久の眠りにつくことなど、許されない。
彼女の力は、彼女自身を縛る鎖でもあったのだ。

ウェズ「だから。終わらせてあげなきゃいけなかったんだよ。あの人自身の、未来永劫続くような、そんな苦しみを。一番、シシスに救ってもらわなきゃいけない人なんだから。ね」

リスは同意を表すように、頭を下げる。

リス「……なんか、湿っぽくなっちゃったわね。私は、私なりに夜母のこと考えてこういう結論出したってことよ」

ダリオ「お前は納得できてるならいいさ。俺はまだ不満だがな」

セリン「その斧の付呪では足りないか」


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ダリオ「そりゃ、確かに切れ味は物凄くなってるぜ。あれだけがんがん木を切り倒してたクセに刃こぼれひとつしてやしない。 ……だが、まさか付呪に一党の仕事で狩った奴の魂を使うとは思ってなかった。不便はないが、気味が悪いな」

セリン「怪談みたいな組織の人間がそれを言うのか? 心配しなくても、その斧の魂には狂化処置を施してある。誰が握っていても区別などつかないよ。名誉のためだって言ってやれば全力を発揮してくれるはずだ。ほどほどに仲良くしてやってくれ」

魂の人格面は付呪には乗せず、そのエネルギーだけを使うのが当たり前だ。
通常、人格面は付呪士がコントロールできるものではないため、出来上がった品に余計な意思が宿って出力が乱れたり、酷いときは呪われてしまう。だから、付呪台には自動的にそれを切り離して捨てるための術式が組み込んであるのだ。
しかし、確かに魂を丸ごと使えるのであれば、付呪の限界を超えられる。魂の元の持ち主の特性を反映させたりして、理論上はアーティファクトに近いものができる。
ダリオの斧は、そういう魔器へと変貌を遂げていた。

ダリオ「やれやれ、斧のご機嫌取りさせられるのか」

セリン「嫌なら別の斧を用意するが」

ダリオ「結構だ。これには愛着もあるしな。他の奴が報酬らしいものを貰ってないのに、俺だけ文句言っても始まらん」

リス「報酬なら、私も貰ったわよ」

ダリオ「お前の報酬? 肉か?」

リス「失礼ね。この、皆に聞こえる会話のこと。私は一党のみんなを仲間だって思ってるのに、向こうが私の声聞こえてなかったら寂しいじゃない。これからは、私にも頼りなさいよ」

ヴィオラ「……ぷっ、く」

ヴィオラが、吹き出した。
笑いながら、肩を震わせている。

ヴィオラ「……何よそれ。 ……っく、あっはははは」

リス「何よ、姉さんまで」

ヴィオラ「あはは、いや、でも、ね……」

息を整える。

ヴィオラ「私だけじゃなかったんだって。リス、あんたもだったのね。一党の中で、誰にも自分のこと話せなくて、悶々としてたのは。なんか、それが判ったら…… 気が楽になったわ」

リス「姉さんはいいじゃない。一党の未来のことも考えた上で動いてたんでしょ? それくらい私にだって判るわ。だからまだ、通じるかもしれないでしょうが。それに比べたら、私なんて毎回みんな完全無視よ? いちいちへこんでられないわよ。話ができるようになっても、どういう扱いされるんだか今から気が重いわ」

ヴィオラ「ごめんごめん、これからは無視しないから」

リス「頼むわよ? ほんとに」


11-2-14


ヴィオラが笑顔を見せている。
それを横目で見ながら、ダリオは呟く。

ダリオ「……まぁいい。やっと、旨い酒が飲めそうだからな」

彼は酒瓶の封を開けた。





オタマ「さて。片付いてない問題は、あと一つね」

オタマの視線は、真っ直ぐに、セリンの顔に突き刺さる。
彼女にしてみれば、さっきまでの話は前菜オードブルだ。
興味を引かれたからこそ大人しく聞いていたが、本題メインディッシュではない。

オタマ「あんたらは、一体何をしようとしてる? そんな桁外れの力を集めてる奴を、あたしは他に知らない」

核心に迫ろうとするオタマ。
だが。

セリン「……それは、君たちの組織以外に、ということか?」

オタマは、警告を踏み越えていた。