あれほど鬱陶しかった戦輪は、すっかり消え去っている。
オタマは、夜母の周囲のマジカの支配が止まったのを感じ取っていた。

オタマ「……手こずらせやがって」

そのまま、倒れた相手の所まで歩いていく。
戦意は冷めきっていたが、この脅威を放置しておくわけにはいかない。
たとえ無抵抗でも、トドメだけはさしておくつもりだった。
……のだが。


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セリン「ストップ。残念だが、その娘を殺させるわけにはいかないな」

セリンがそれよりも先に、漆黒の身体を抱え起こしていた。

オタマ「こんな危ない奴生かしておくなんて、正気?」

セリン「危ない奴は消えてるよ。もう、とっくにね」

オタマ「……はぁ?」

その足元から、力のない声が響いてくる。





11-1-2


ウェズ「ギブアップー。だから、勘弁してってば。てか、あたしはあたしで、この身体乗っ取ったサイコパスの婆さんと戦ってたんだよ? あたしもオタマちゃんも、戦ってた相手一緒だから。ようやくさ、この身体取り戻せたとこなのに、全身ボロボロで痛いしもう無理ゲー」

その口調は紛れもなく、ウェズのものだ。
ボロボロな割に口が減ってない。
緊張感とか欠片もなかった。

ウェズ「あたしの負けだって。オタマちゃん万歳、オタマちゃん天才」

セリン「ま、こういう奴なんだよ。危ないことをやる気なんかない」

ウェズ「ちょっと、頑張ってた娘の扱い雑じゃない? 足辛いしさ、おんぶしてってよー」

セリン「お前の負傷は勝手に治るはずなんだけどな……」

ウェズ「てか、見て判るでしょ? あたし今、素っ裸。服、プリーズ」

戦闘を見ていた奴らがやってくる。
彼らにも、夜母がもう消えてしまったことは分かったようだった。

フィア「ウェズちゃん、 ……おかえり」

ウェズ「あー、えへへ、ただいま。心配かけてごめん」

もう、こいつを処分するとかそういう空気ではない。

オタマ「……もう、判ったって。こいつの人格は危険じゃない。それは理解した。でもさ」

言いながらウェズを、じろり、と睨む。

オタマ「こいつの力、意識的に抑えられてるだけで、無くなってなんかないんだけど」

それくらいは分かる。

ウェズ「ぎく。ぷるぷる、あたし悪いスライムじゃないよ」

ウェズがセリンにしがみつく。

セリン「はぁ。 ……オタマ、忘れてるだろ。今の状況」

オタマ「あによ」

セリン「この山火事起こしたの、君だぞ。もう、衛兵に連絡が行ってる。ここに残ってて犯人が君だって奴らに知られたら、指名手配だ。規模を考えたら、ファルクリースどころかスカイリムに居られなくなるかもしれんぞ。それでいいのか?」

聖域の中の火は外には繋がっていない。
後は入り口だけ塞げば酸素が尽きて終了なのだ。
だから、ここで山火事になってしまったのは、オタマと夜母が戦ったから以外の何ものでもない。
その戦闘で炎を使ったのは、オタマだけ。

オタマ「ちょ、待ってよ!? こいつ止めるために必要だったから炎使ったのに?」

これだけ苦労させられて、お尋ね者扱いではあまりにも理不尽過ぎる。

セリン「もちろんそうだろうな。だが、起きたことは起きたことだ。それに、まだやれることならあるんじゃないか? 今、目の前にいるのは、君の罪を揉み消せるファルクリース従士なんだから。 ……別に、君を突き出そうなんて思っちゃいないよ。ただ、火をつけておいて放ったらかしにしておくような奴までかばう気はさらさらない。判るよな? 消火活動、していきたいだろ?」

オタマ「……チッ、ああもう、めんどくさいわね……」

冷気の術を使えば、できなくはない。
この会話をしている最中に、多少マジカは回復していた。
この男のおかげで燃え広がってはいないから、なんとかなる。
それでもかなり広い。だるいことに変わりはない。

オタマ「火は消すけど、その間に前みたいに逃げないで。聞きたい事、色々あるから」

セリン「大丈夫だ、前で懲りたさ。君から逃げるのはしんどくて敵わない」

ウェズ「あたしの方がしんどかった気がするな…」

セリン「お前のは自業自得だ。 …ほら、服なら取ってきてやるから、着替えたら消火を手伝え」

ウェズ「へーい…」

両手に冷気を溜めながら、オタマはしかめっ面をしていた。
こいつらは、思ってたよりずっと厄介だ。





消火が終わり、一息ついて。
デッドマンズドリンクに、先ほどの一同が集合した。

もう日は登っている。火事の煙も晴れて、ファルクリースは平穏を取り戻している。
焦げ臭い匂いも薄れてきた。どこからか来た小鳥が窓の外でさえずっていられるくらい。

オタマ「最初に聞いとくけど、ここはアンタの支払いでいいのよね? 従士サマ」

セリン「ああ、それくらいは持つさ」

この酒場は、今日は貸し切りだ。
ファルクリースの住人達が火事の跡を見物しに行っているので客が居なくなったとボヤく店主に、それならばと頼み込んでこうしてもらった。
色々と表沙汰にできない話もせねばならないだろう、と見込んでのことだ。

オタマ「結構。ファルクリースを救った大英雄がケチ臭いとか言われたくないだろうからね」

この男は、大規模な山火事でファルクリースが焼け野原になる寸前だったのを食い止めたとして、首長のシドゲイルにそれはもう盛大に感謝されていた。ファルクリース近隣にある未開拓の森と古墳が焼けただけだから、実質的に被害はゼロで済んでいる。倒した木を加工すれば利益が出るくらいだ。おそらく多額の報奨金を受け取っているに違いない。
…こんな事態になった原因にその当人も絡んでいるのに。オタマも皮肉を言いたくなるというものだろう。
まぁ、火元は黒い扉の洞窟  それが一党の聖域だとは知られていないが  にいた道化師の放火ということになっているので、彼女にも賞金がかけられたりはしていないが。

木を片付けていたゼディスの兵士達は、ファルクリースの衛兵達が駆けつけた時には既に撤収を済ませていた。テティスもさっさと姿を消している。
一人で伐採して回った上司もとんでもないが、部下の引き際の良さも並ではない。
伊達に長いこと隠密活動をやっていないということか。

すかさず酒を注文しようとしていたダリオに、ヴィオレッタが釘を差す。

ヴィオラ「徹夜した後にガバガバ飲んで、身体壊しても知らないわよ。せめて、話の後にして

ダリオ「……判ったって。睨むなよ」

フィアは、この場にいる人々の所属を頭で整理していた。


11-1-3


闇の一党、ダリオとヴィオレッタ。
ついでに、特別に入店許可をもらったリス
そして自分たちゼディス、セリンとウェズとフィア。
最後に、魔術師オタマ。
このオタマにだけ、それぞれの所属は隠されている。

しっかり意識していないと、バラしてはいけないことをバラしてしまうかもしれない。
そういう心配があったのだが……


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オタマ「じゃ、早速。まず、あたしはアンタらが何者なのか知らない。 ……1人以外」

オタマは、最初からそこに突っ込んできた。
そのまま、セリンの顔を見る。
あれだけ大事になれば、この男の素性くらいは嫌でも分かった。

オタマ「あたしはドラゴンボーンなんてインチキ臭いと思ってた。でも、あんたはシャウトなんか使わなくても既にインチキ臭い。想像以上」

セリン「これでも信頼って大事だと思ってるんだけどな」

オタマ「シャラップ。あとでイクラ一皿追加ね。 ……あたしが見る限り、ここに居る人間、全員あんたの関係者でしょ。それも、裏で何かやってるほうの。喋りたくないなら、あたしの推測を勝手に言うけど?」

セリン「……その必要はないよ。知りたいなら、教えよう。ただし」

セリンは、オタマの目を見ながら、目を細めた。

セリン「ひとつ、警告しておこう。君が知ると、もしかすると、君自身ではなく、君の組織にとって都合が悪い可能性がある。 ……それでも、知りたいか?」

オタマは戸惑った。

オタマ「……それって…… どういうことよ。あたしの組織? ウェイレスト魔術師サークルのこと? ……サークルは、私が何を知ったってどうにかなるようなもんじゃないわよ」

セリン「まぁ、どちらにせよ聞かなきゃ判断できないだろうな。君の興味を止めるのは、僕には無理だ。だから、あくまでも確認だよ。 ……いいんだな?」

オタマは、当然とばかりに頷く。


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セリン「なら…… まず最初に。僕の組織の人間はこっちのウェズとフィアだ。そっちで無関心のフリして飯食ってる二人は、別。そっちを知りたかったら、僕には話せない。そっちに聞いてくれ」

彼らが話に参加しようとせずに、聞き耳だけ立てていたのはしっかりバレていたようだ。

オタマ「そう。でも、そういうことなら想像つく。その二人が、闇の一党ね」

言い当てられたヴィオレッタが、ぎょっとする。

オタマ「さっき、こいつの中に居た奴が『夜母』とか名乗ってたから。おまけに、あの崖下の入り口、壊れてたけど、一党のアジトの扉でしょ」


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ダリオ「……あの扉を見抜かれてると、行動しづらくなるんだがな」

オタマ「あたしはウェイレストで、海賊が巣食ってた、元・一党のアジトを掃除したことがあるだけよ。ハイロックじゃ最近は全然一党の名前聞かないし、掃除しながら随分と衰退してるのねーって思ってたわ。ぶっちゃけあんたらには興味もない」

ばっさり切り捨てるオタマ。

ダリオ「それなら結構。 ……仕方ねェな」

ダリオはこめかみの辺りを掻く。正攻法で聞くことにしたようだった。

ダリオ「実の所、俺達もここには説明してもらいたくて来てるんだ。何者なんだよ、そのウェズって娘。もう、夜母の力はその娘に渡ってるんだろ? 一党がその娘を新しい夜母として崇めなきゃならんのなら、身辺調査が必要になる」

大きな責任を背負わされそうになって、ウェズがたじろぐ。

ウェズ「いやいやいや、あたしはそんなガラじゃないってば。聖餐探すとかあたしやらないからね、そんなしんどいこと」

ダリオ「そうは言ってもな。とりあえず、ガラじゃないのに聞こえし者とかやらされてたヴィオラさん、何かコメントを」

ヴィオラ「アンタが言うな!! ホントに聞こえてたのはそっちだったくせに! よくよく考えたら、アンタの目的読むなんて難しくもなかったわ。”聞こえし者”なんて面倒臭いからって、私に押し付けようとしてたんでしょうが。そう考えれば、全部納得が行く」

礼拝堂でのダリオの反応で、ヴィオレッタは彼が聞こえし者だと確信していたようだ。
言いながら、ダリオの手をつねっている。

ダリオ「痛っ、手加減しろよ!? お前が生き残れる方法がそれしかなかったのも確かだろうが! ……そりゃあ、お前が”聞こえし者”ならまぁおかしな事にはならねェだろうとは思ってたし、個人的にはだいぶ助かる。お互いに最悪の結果は避けられただろ? 俺はこれで最善を尽くしてるんだぜ」

ヴィオラ「フン、どうだか」

そっぽを向くヴィオレッタに苦笑いしながら、ダリオはウェズの話に戻す。

ダリオ「そういうわけで…… 確かに、本物は俺だったんだがな。そうじゃないのに、聞いてたんだよ、その娘は。夜母の声を、乗り移られる前からな。気になるだろうが」

確かに、一党にしか与えられない夜母の声を聞く資格が、元々あったというのは変だ。
だが、ウェズはそのネタばらしをした。


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ウェズ「うー…… あれは、ただ単にマジカの周波を合わせりゃ聞けるもんなんだよ。夜母は、一党をうまいこと指導して拡大していけそうな人を選んで、そういう相手が接触するくらい近くに寄ってきた時、強引に相手の固有の波長を変えて聞こえるようにしちゃう。”聞こえし者”として証を刻むとそうなるの。あたしは、自分で合わせただけ」

オタマ「そんなことしてたのか、あいつ。そんなの雑音かもしれないのに、周波をいちいちチューニングして音に変換して聞いてみるなんてあたしはしない。言われなきゃ気づかないなあ」

ダリオ「……それじゃ、別に俺でなくてもよかったのか」

ウェズ「今回に関して言えば、そうだよ。夜母は自分のピンチを予知してたけど、ミイラをべたべた触るのはあのシセロだけでしょ。彼に人は殺せても、人を率いる指導力はゼロ。任せたらその代で一党は終わっちゃうし、ミイラを引き継ぐ人もいなくなる。だから、彼には絶対に任せられなかった。人選に余裕なくて、焦ってたわけ」

ヴィオラ「確かに、あの道化師じゃ誰もついていかないわね……」

ウェズ「しかも、シセロはいっつも夜母を守ろうとして棺のそばにくっついてるから、誰も近寄ろうとしない。皮肉なことに、彼の鉄壁のガードが崩れたのは偽の聞こえし者が現れたからだよ。シセロはヴィオレッタさんが偽物ではないと太鼓判を押しちゃったけど、内心は納得してなかったはず。自分が聞こえし者になりたかったみたいだし。だから、気になった彼はこっそり尾行を始めて聖域を留守にした。そのタイミングで、たまたまダリオさんが来たの」

ダリオ「……言っとくが、俺だってべたべたなんて触ってないからな。酒飲んだ勢いで、どんな顔してんのか見てやるかと思って、棺を開けてみただけだ。でも、なぜそれが判るんだ」

ウェズ「あたし、夜母の記憶を保管してるから。もう、あの人の意識はどこにもないけどね。 ……生きてる間のは辛い記憶ばっかだし、見てるとあたしもしんどいから、封印してる」

セリン「……無理に抱えなくていいんだぞ、お前は」

ウェズ「見なきゃ平気だし。ただ、削除デリートしちゃうのは、可哀想かなって」

フィア「……ねえ、ウェズちゃん。私も、気になるんだ」

ウェズ「う?」

フィア「私は、ウェズちゃんの事友達だと思ってたけど。でも、今回、自覚したの。ウェズちゃんのこと、なんにも知らないって」

フィアは、今のやり取りのところにも、何か得体の知れない不気味さを感じていた。

フィア「そりゃ、見ただけでウェズちゃんが普通の人じゃないってのはわかる。でも、一緒に過ごす上でどう違うのかって言われると説明できない。だって、こうしてる今だって、ごはん食べたり水飲んだり、普通にしてるじゃない」

でも、取り込んだ他者の記憶を自在に管理できる。それは、人間ではあり得ないから。

ウェズ「それは…… うん」

フィア「私にとっては、別にウェズちゃんがどんな存在だって、友達なのは変わらない。でも、私には判らないことがあったとき、何もできないのは…… もう、嫌。だから、知りたい」

ウェズは、迷っていた。

セリン「……ウェズ、説明しちゃっていいか? お前の口からだと、言いづらいかもしれないし」

ウェズ「……そう、だね。うん、お願い」

ウェズの返事を確認すると、セリンはテーブルの上のコップを取った。

セリン「食べながらでも聞いてくれ。かなり、長い話になるぞ。ウェズの出生に関わる、昔話だ」

フィアは予感していた。
多分、これは、セリンの……
いや、ゼディスそのものの目的と、深く関わっている話だと。