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ライラックアリンゴスさんは、九尾の狐、って知ってますか」

それなりに本を読む方であるアリンゴスでも、あまり聞いたことのない言葉だった。

ライラックアカヴィリの伝説に、長い年月を重ねて魔力を蓄えて、尻尾を増やす狐のお話があるんです」

ライラックは少し自慢げにしながら話を続ける。

ライラック「詳しいお話は私も知らないのですけど、9本の尻尾はその中でも一番魔力を集めた証だった、って言われてます」

アリンゴス「ふむ。だが、それとお前と何の関係があるのだ」

アリンゴスはライラックの後ろの尻尾に目を向ける。
彼女の尻尾は、数えるまでもなく1本きりだ。
しかし、ライラックは変なことを言い出した。





ライラック「私の魔力はたいしたことないです。でも私の尻尾は、9本あるのですよ」

アリンゴス「何を言っている。どう見ても1本だろう?」

ライラック「そういう意味ではないのです」

ライラックは必ずしも説明が得意ではない。
だが、たとえ説明が上手かったとしても、理解が困難なことを言おうとしていた。

ライラック「この身体についてる私の尻尾は、1本です。でも、私の尻尾は9本あることになってます。これはもう決まってることなので、変わりません。私の身体についてるから私の尻尾なので、それも変わりません」

訳が分からず、首をひねるアリンゴス。

ライラック「なので、尻尾の数と合うように、私の身体は勝手に増えるのです

アリンゴス「……何!?」

ライラック「いつでも私の尻尾は9つあるのです。1つがなくなった場合、すぐに新しく1つ増えます。私が自分で自分の身体を消した場合も同じです。だから、私の身体も9つあって、いつまでも減らないのです」


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それは、あまりにもメチャクチャな原理で成り立っている法則だった。

 ★九尾ナインテイル

要するに、ライラックは「九尾の狐」である。そういう風に強引に定義されている。
「九尾の狐」であるなら、尻尾は9本なければならない。
だが、彼女の魔力はさほどないので、その身体に1本の尻尾をたくわえるのがせいぜい。

この矛盾を解消するために、魔力が増えるのではなく、身体の方が増えてしまっているのが彼女の特異な性質である。
彼女の身体はいつでも9体ないと矛盾してしまうため、減った瞬間に9体になるまで無理やり補充されてしまう。彼女は一切そのコストを払っていない。だから、彼女は『自分が何度倒されようが、絶対に減らない』のだ。
しかも、任意に自分の身体を放棄することで、意図的にこれを起こすことができる。再出現の位置はライラックが好きに選べる。
外から見れば、それは瞬間移動をしているのと同じことだ。

つまり、彼女の分身のように見えるそれは、全部が本物である。

アリンゴスがこのとんでもない少女の話を聞いているその間も、階下ではドタバタしている音が聞こえているのだ。
彼女の言い分が本当なら、別の身体で鬼ごっこをしながらアリンゴスと会話していることになる。
捕まりそうになった身体は放棄すればいいだけだから、難しくもない。

アリンゴス「……しかし、お前、なんでわざわざそれを私に教える?」

ただ、それを教える理由はないはずだ。
教えたところで、どうにかできるものでもないのだが。

ライラック「簡単に言うと自慢です!」

アリンゴスはずっこけた。
しかし、その後が重要だった。

ライラック「後は、あなたには教えてもいいと判断したからです。私達にとって、あなたは敵ではありません

アリンゴス「……待て。そもそも、お前は何者なのだ。さっきも聞いたが、盗賊ギルドとは無関係なのか? 目的は何だ」

ライラック「私は盗賊ギルドの依頼を受けて来てますが、それだけじゃないのです。ギルドとは別の目的があります。だから、ギルドの仕事はやりますけど、ぶっちゃけやったように見えればそれでいいのです」

アリンゴスは蜂の巣から立ち上る炎を窓から見ていた。
だから、盗賊ギルドが来るのだと恐れて身を潜めていたのだが。
あれは単なるパフォーマンスだったということか。

ライラック「私達は、ゼディスっていう秘密組織なのです。今回の目的は、アリンゴスさん自身の確保です。怖ーいメイビン・ブラックブライアと盗賊ギルドの両方を敵に回して、まだリフテンに居続けるつもりですか?

アリンゴス「……そんなつもりはないさ。だが、私はここを守る必要がある。少なくとも、ここを引き渡すまでは、な。そういう契約なのだ」

そう言うと、彼は引き出しから一枚の紙を取り出した。


9-4-3


アリンゴス「これをくれてやるから読め。私は、既にここのオーナーではない。この農園は売却済みだ」

ライラックは渡されたそれに目を通す。
それは農園を譲渡したという証書であり、既にサインがされていた。
ふむふむ、とあんまり考えてなさそうな顔で頷くライラック。
だが……

ライラック「ありがとうございます。これ、ギルドに持っていけば仕事した証拠になるので、助かります。でも、このことは知ってました

アリンゴス「……!!! な、なんだと!?」

ライラック「ギルドとあなたがケンカしたあと、ここの蜂蜜が全部、どこに行ったのかを調べただけです」

ライラックは、また少し自慢げにしながら話を続ける。

ライラック「ホワイトランのホニングブリュー醸造所です。そっちの仕入先を調べていた仲間が、今まで全然なかったリフテンの蜂蜜に気がついたのです。すぐそばのメイビンのところに行かずにホワイトランに来るのはおかしいですから、色々と調べました」

そう、今まではホニングブリュー相手に商売をしようとすると横槍が入ったから、できなかったのだ。
盗賊ギルドの顔色を伺わなくてよくなったら、買値の高いホニングブリューに行くのは当然のことだった。
そして、その契約を取り付けたのは、アリンゴスではない。

アリンゴス「お前達はそっち側からこの事態を知った、というわけか……」

ライラック「そうなのです」

アリンゴス「それは分かったが、私を確保してどうする? 農園を売った金ならあるが、それが目的ではあるまい」

アリンゴスが手に入れた金は確かに多い。
しかしこの少女が言うように、スカイリムの複数の要塞にまたがって情報収集をするような組織であるなら、この程度の金を得る手段など他にもあるはずだ。
しかし、彼らが欲しているのはそれではなかった。

ライラック「アリンゴスさんには、養蜂場でいっぱい蜂蜜を作る才能があるじゃないですか。さっき私がちょっと燃やしちゃったし、新しいオーナーさんが来るにしても蜂蜜は前ほど作れないのです」

アリンゴス「……つまり私に、蜂蜜を作れ、と? なぜだ?」

ライラック「メイビンは蜂蜜がなかったらどこからでも強引に買ってきます。だから、アリンゴスさんが辞めてオーナーが変わっても、メイビンにとっては手間が増えるだけであんまり変わりません。一番損するのは盗賊ギルドです」

アリンゴスもそれは分かっていた。
メイビンに売った蜂蜜の代金に貸し借りなどない。あの女は人を信用していないから、相手が利用できそうだと思わない限り、即金でのやり取りしかしないのだ。
それは、いつ取引が切れても困らないということを示していた。

ライラック「でも、それじゃあ私達は困るのです。ブラックブライアの蜂蜜を減らすのができないなら、競争相手の蜂蜜を増やすしかないのです。そうしてブラックブライアの商売が上手くいかなくなって、貧乏になってくれないとダメなのです」

そして、ライラックは一番重大な、危険な目的を言ったのだ。

ライラック「だって、私達の目的は盗賊ギルドの壊滅じゃなくて、メイビン・ブラックブライアの失脚なのですから」

アリンゴスはしばし、呆然として……それから、笑い出す。

アリンゴス「これは驚いた。私もそこまでは考えなかったぞ。メイビンの機嫌を損ねるのは分かっていたから、隙をついて逃げるしかないと思っていた。そうか、あの女を失脚させる、と来たか」

メイビンを暗殺しようとした奴らなどいくらでもいる。
メイビンの蓄財を盗もうとした奴らだっていくらでもいる。
そいつらは皆、惨めな終わりを迎えている。

だが、メイビンの権力をぶん取ろうとするなど、聞いたことがなかった。

アリンゴスは、だから思ったのだ。
面白い、と。

盗賊ギルドの腕前については認めている。
だが、権力者の御用聞きばかりして飼い犬に成り下がっている奴らに、余計な手数料を取られて不満が出ない方がおかしい。ずっと腹に据えかねていた。
だからこそ彼は、農園を売って盗賊ギルドと手を切らないかという提案を受けて承諾したのだ。
取引を持ちかけてきた奴らが、得体の知れない恐ろしい奴らだったからというのもあるが。

だが、今あのギルドを活用して存続させている権力者は、メイビンただ1人なのだ。
そこを潰せば、ギルドを支える奴は居なくなる。
ラットウェイが放置されているのは、衛兵達が誰も入りたがらないのもあるが、メイビンが裏で止めているせいもある。
メイビンが居なくなれば、首長は自分の手で盗賊を一掃しようとするだろう。
衛兵たちが重い腰を上げたなら、リフテンにはギルドの居場所などない。

アリンゴスの心は決まった。

アリンゴス「……わかった。協力しよう。だが、作る場所はもうないのだぞ」

ライラック「場所なら、こっちで用意できます。残りの蜂の巣を運ぶ手段もあります」

アリンゴス「なるほど。確かに財産を残していく意味はないな」

農園を売った相手を思い出す。
名前も教えようとしない、覆面の女。
黒ずくめの格好から、闇の一党かと恐れたが、どうやら違うらしかった。
あの女の目的がなんなのか、アリンゴスには知るよしもない。

だが、取引が成立して金の支払いは受けている。もう会うこともないだろう。
守るべき財産は、盗賊ギルドのせいでなくなってしまったことになるのだから、後は農園の土地と屋敷だけ引き渡せばいい。
そして、土地の権利書は既に向こうの手の内にある。それで十分だ。

アリンゴス「後は、下の馬鹿どもをどうするか、だが」

さすがに馬鹿な傭兵たちでも、雇い主が逃げ出したら放ってはおかないだろう。
支払いがないと分かれば逆上して襲ってくる可能性もある。

ライラック「これ、使ってください」


9-4-4


ライラックが取り出したのは、薬の小瓶。

ライラック「ちょっと遅れて効いてくる睡眠薬です。スープに一滴たらせばおっけーです。飲んだまま寝ると、明日の夕方まで目が覚めません」

アリンゴス「用意がいいな」

ライラック「運ぶ人達はもう準備を始めてますので、今夜までになんとか全員に飲ませてください。後は私達、ゼディス引っ越しサービスにおまかせです」

アリンゴスは受け取ると、天井の明かりにそれを透かして見た。
中の液体はきらきらと光っている。

アリンゴス(まだ、私の運は尽きてないようだな)

アリンゴスは久しぶりに、気持ちが高ぶるのを感じていた。
見てやろうじゃないか。
あのメイビンの、破滅する姿を。