普通、死霊術師は目立つ街道を使わない。それが夜でもだ。

あまり友好的な印象を与えてくれないドクロのローブを着ていたりすることもそうだが、アンデッドをぞろぞろ引き連れた者が普通に街道を利用しているのを快く思わない者は多い。
衛兵は行動範囲が決まっているから避ければいいだけだが、たまに自分勝手な正義感から怪しいと思った相手を執拗に付け回すステンダールの番人が徘徊していることもある。
番人はデイドラも吸血鬼も死霊術師もお構いなしに攻撃してくるのだ。

それに、死体の使役はデイドラの召喚と違って跡が残るから、急に引っ込めるということができない。見つかればすぐに死霊術師だとバレてしまう。
図体がでかい個体はそれだけ力が強い場合が多く、戦闘になれば頼もしい。
……しかし、臭いのキツいアンデッドに隠密性など求めるのは間違っている。彼らが頼りになるのは、あくまでも『敵対しかねない相手の命を奪ってもいい場合だけ』だ。
相手が死ななかったら、当然衛兵に話が行く。術者が見つかっていたら手配書に載ってしまう。
それだけではない。仮に術者を見られていなくとも、死体から割り出せる魔術師も居るには居る。つまり、身代わりとして置いていくのが物証になってしまいかねない。
……まあ、治安の乱れているこの地でそこまでやる余裕はないだろうが、夜だからって死霊術師が好き放題できるのかというと、全くそんなことはないのだ。


21-2-1


そんな夜の街道を、アスターは一人で歩いていた。
ローブは一般的な魔術師のものに着替えている。ただの旅の魔術師に見えれば番人達の目は誤魔化せるということを、彼は知っている。
通常の魔術師と違うのは、背中に大きめのバックパックがあることだ。





「……おい、アスター…… アスター」

その鞄の中から、声がした。

アスター「……シッ、目立つから静かにしてろよ…… そろそろドラゴンブリッジの村だぞ」

「まだ周囲に衛兵は居ないだろう? 気配で判る。だからだな、お前に今のうちに頼みたいことがある」

アスター「……何だよ」

アスターの眉間に、シワが寄る。

「骨盤のポジションがだな、気持ち悪い……」

アスター「いい加減にしろ!」

彼は声を抑えて怒鳴るなどという器用なことをしなければならなかった。
そう、この大型のバックパックの中には、運搬用にバラした骨の斥候が入っている。術を解くと言うと彼が文句を言うので意識はあるままだ。
こうやって分解して収納しておけば、死霊術師だとバレずに使役対象をどこにでも持ち込める。肉がついていなければ軽いし、目立つほどの臭いもしない。必要になったら組み立てればいい。アスターがスケルトンばかり使役していることの最大の利点とも言えるだろう。

だが、運ばれる側はそんなに快適でもなかったらしい。

アスター「もう何度目だと思ってるんだよ!? 最初しつこいくらい『これでいいか』って確認したよな? ちょっとくらい我慢してくれよ」

骨の斥候「そうは言うがな、身体の内臓があるべき部分に自分の足や手が入ってて感覚的におかしくならない訳がないだろう……」

鞄に全部収めるために、人間の形を無視して突っ込まざるを得なかった。今はコイツの胸部、あばら骨の内部にあたる所に手足の骨を入れた上で、アスターの着替えを詰めて動いたりカタカタ鳴ったりしないようにしているのだ。
それは言う通りなのだが、しかし。

アスター「もう一度言うけどよ。首から下の感覚は切ってるはずだ。だからもし、変な気分になるとしたら、それは幻覚だ」

頭部を除けば全身麻酔にかかっているようなもの。感覚的には頭しかないような状態のはずなのだ。
それなのにコイツが文句を言うのは……

骨の斥候「幻覚だなどと雑な診断をするな。詰めこむ所を見ていたら想像で再現出来てしまうだろうが。我々にとっては想像するのと体感するのはあまり変わりないのだぞ? おぉキモっ……」

アスター「覚えてないで忘れろよ!? 他のこと考えてろ!」

勝手に想像して自爆してるせいだ。意識してなければ気になるもんでもない。

アスター「……やっぱ術解いた方がよかったかな……」

骨の斥候「それは止めてくれ、蘇る時に頭に入ってくる刺激が一番キツい。 ……頼む、鞄の上からで構わんから、ズレてる骨盤をだな」

アスター「ハァ。ったく、どっち側にだ」

骨の斥候「時計回りに6.3度ほど」

アスター「注文が細かい! ドワーフってのは小数点以下の角度とか体感できんのかよ!?」

歩いているだけでそれくらいはズレてもおかしくない。
ぶちぶち文句を言いながら少し直してやる。

骨の斥候「ああ、もうちょっとそこを上…… 行き過ぎだ。そこから3ミリずつ下げてくれ、ちょうどいい時にストップって言うから」

左手で松明を持ったまま、右手で底部を触って調節する。変に身体を捻らないと届かない。
遠目に見たらなにか独り言を言いながら身悶えしているようにしか見えないだろう。
頭がおかしい奴だと思われるかもしれない。 ……気が滅入る。

骨の斥候「ストップ、そこでいい。ゆっくり手を離して…… そう、OKだ」

アスター「すぐまたズレるぞ……」

骨の斥候「大丈夫だ、村を通り過ぎるまではこれで保つ」

アスター「本当かよ……?」

まぁ、見知らぬ一般人の気配がするときにコイツが喋ったりはしない。一応気にはしているのだろう。

アスター「もう衛兵の持ってる明かりが見える距離だからな。お喋り禁止だ」

骨の斥候「……あぁ、任せておけ」

やや不安を残しながら、村に入った。


21-2-2


ドラゴンブリッジはその名の通り、ドラゴンを象った装飾がある橋のそばに作られた村だ。
集落としての規模は小さく、橋の他に目立つものは帝国のどこかの精鋭部隊のものらしい兵舎があるだけ。村の治安は普通の衛兵が見て回っているから、何か別の仕事をしているのだろう。アスターに関わりのある施設ではない。
旅人が利用できそうな施設は宿屋一軒だけだ。

普段一人で来る時は気にせずに泊まったりしているのだが、今はうるさい奴を背負っているので手短に物資の補給だけして済ませるつもりだった。
野宿をするなら、橋を渡ってしまったほうがいい。衛兵はそこまで来ないので、万一の際の自衛がしやすいからだ。
宿屋で食べ物や飲み水を手に入れて、さっさと行こうと橋の手前まで来た時だ。

軽く高い音がして、何かがアスターの顔めがけて飛んできた。

アスター「うわっち!」

慌てて身をひねって避ける。
落ちてころころと転がったそれは木片のようだった。

「悪い、すまん! 怪我してないか?」

声がする方を見ると、薪を割っている男の姿。
慌てて近寄ってきた。


12-2-3


「手加減を間違えた。破片に当たっていないといいが」

アスター「何とか避けたけど。あぶねーな、気をつけてくれよ」

「すまんすまん。多少酒が入ってりゃこんなことにはならないんだが、手がちと滑ってな」

アスター「普通逆じゃないのか……」

ダメな大人の匂いがする。

「いや、この時間まで仕事してんだから酒くらいあったほうが息抜きになるんだ。坊主も飲めるくらいになれば判るって。 ……そうだ、迷惑かけたお詫びと言ってはなんだが、ちょっと仕事を頼めないか」

アスター「仕事? お詫びどころかもっと迷惑かける気じゃないのかよ」

「違うって。大したことをする必要はない。ただ、俺自身が行くと問題があるから、他の奴に頼む必要がある、そういう仕事なんだ。報酬はたっぷり出す。ここの従業員よりずっと楽で割がいい仕事だ。他の奴には任せられない、お前だけの特権だぞ?」

アスター「……なんか怪しいな」

「怪しくないって。ああ、俺の名前を言ってなかったな。ホルジェールだ、ここの製材所の主人だ。頼みたいことも説明するよ」

ホルジェールと名乗った男は、アスターに近寄ると声を潜めて話しだした。


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ホルジェール「俺はまあ、その、酒が大好物でな。大して多くもない製材所の収入の中でやりくりして、それなりに慎ましく楽しんできたんだよ。でもな、俺には酒を飲むたび不機嫌になりやがる鬼嫁がいるんだ。そいつに怯えながらもずっと隠れて飲んでたんだがよ、昨日帰って酒の残りを探すと、たっぷり取っておいた酒が一瓶もない。全部宿屋に売っちまいやがったんだ、あの悪魔め。残念ながら宿屋のファイダは嫁の味方だから、俺があそこでどれくらい飲んだかなんて筒抜けだ」

アスターはこの男の話を額面通りには受け取っていなかった。だいたいこの手の商売人は話を作るのが上手い。
慎ましいというのは自己申告なので、多分相当飲んでいたのだろう。

ホルジェール「このままじゃ耐えられん。俺は村の外にもとっておきの酒を隠してある。ただ、嫁が俺を見張ってるから、直接行くとせっかくの隠し場所を知られてしまう。そこまで根こそぎにされたら俺は生きる意味を失っちまうんだ。だからな、俺が村に残って嫁の目を誤魔化してる間に取ってきてほしいんだよ。簡単だろ?」

アスター「やることは判ったけどよ。俺があんたに酒を手渡したらそこでバレないか」

ホルジェール「……なかなか賢いな、坊主。幸い、俺が仕事をしてる間は大丈夫だ。嫁のオルダは製材所の部下にも俺が酒を飲まないように見張っててくれって頼んでるが、奴らは俺のことなんか見ちゃいない。自分が稼ぐことで手一杯だ。もっとも、俺が見ていないと奴らはサボる。だから仕事は抜けられん」

そう言うと、彼は製材途中の丸太の山に目をやった。


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ホルジェール「今はな、内戦やってるせいで木材は切ったそばから売れるんだ。剣や盾の持ち手から、簡単なバリケード、被害に遭って壊れた家や砦の補修、馬鹿デカイ投石機に至るまで……なんでも木を使うからな。稼ぎ時なんだ、判るだろ? 借金してでも人を雇って木を切らせたいんだよ。今の情勢で従業員をサボらせるなんて勿体ないことしてたら商売の神様ゼニタールにそっぽを向かれちまう。 ……つまり、自分では酒を取りに行けない。坊主が持ってきてくれたら助かる

だから従業員が帰っても一人で仕事をしているのだろう。
彼のギラついた目は、酒のせいだけでもないらしい。

アスター「つまり、あんたが仕事をしてる間に持ってくればいいわけだな」

ホルジェール「そうそう、そういうことだ。 ……あー、それとだな、坊主。お前、魔術師だろ?」

アスター「……そうだけど」

今は普通の魔術師の格好ではあるが、それでも安心はできない。
土地柄、ノルドは魔術師だっていうだけで変な目で見てくる奴が多いのだ。

ホルジェール「気にすんな、俺は別にどうこう言ったりしない。そうじゃなくて、お前は炎使って野生の獣を追い払ったりできるんだろ? 見た目より戦えるだろう、って意味だ」

アスター「……あ、あぁ、それくらいなら」

本当のことを言うと炎の破壊魔法は覚えてないが、そういう魔術師と思われたなら誤解させておいたほうがいい。
確かにまだアスターくらいの歳ならば、筋力が必要な武器を使うより魔術の方が戦力になるからだ。一人旅が出来ている理由をあまり勘ぐられたくない。

ホルジェール「だったらよかった。隠し場所の近くに兎の死骸を置いてきたんだ。肉食獣がうろついていれば、人は寄り付かなくなると思ってな。だから狼くらいは居るかもしれん。 ……大丈夫だよな?」

骨の斥候「……!」

アスター「そりゃもちろん」

骨の斥候「!! !!!!」

なんか背中で妙な気配がするので、動いたりしないようにこっそり手で抑える。
木片を避けた時にまた中身がズレてしまったのだろうが、不測の事態なので諦めてもらうしかない。

アスター「てか、別に居るとは限らないんだろ?」

万が一のことに備えるなら、コイツを道中で組み立てておけばいい。

ホルジェール「まあ、自分で確認はしてないから何とも言えないが、ヤバイ奴が居たら衛兵が既に動いてるはずだから、そんな心配は要らんさ。とにかく任せる。最高の一本があるんだ、そいつだけ持ってくりゃそれでいい。で、隠し場所はな、ここからこう行って……」

説明を受けながら、アスターはどの辺りで作業をするか考えていた。
この村から死角になる岩山の裏なら、まあ問題なさそうだった。

結局アスターがこの酔っ払いの話に乗せられてしまっていることは言うまでもない。


12-2-6


アスター「で、組み立てた訳なんだけど」

骨の斥候「アイエエエ…… オオカミ、オオカミナンデ!?」

なんだか様子がおかしい。

アスター「オッサンの実力から考えたら狼とか雑魚だろ?」

そう考えたのだが、よくよく思い出すと狼相手に彼を出したことはなかった。

骨の斥候「……そ、そうだな、うむ。じゃあこれで一息に」

アスター「待てって! 何でこないだの魔導器の矢出してんだよ!? オレが失神するじゃねーか!」

骨の斥候「頼む、こいつを使わせてくれ……」

アスター「ダメに決まってる! 酒瓶ごと吹っ飛ばしたいのか!? だいたい、オレが倒れたら誰があのオヤジに酒渡すんだよ? オッサンじゃ無理だろ」

骨の斥候「うぐ……」

明らかに、これは予想外の事態だ。

アスター「……なあ、狼がなんかマズイのか?」

骨の斥候「……」

無言で顔を反らす。

アスター「『狼の女王』相手でも堂々とやり合ってたじゃねーか」

骨の斥候「別物だ!! ……あれはタダの称号ではないか。本物の狼みたいに獲物を見てよだれを垂らしたりしない。 ……私の手が震えて狙いが定まらなかったりもしなかった」

アスター「……本物相手だと震えるのか」

骨の斥候「いやその…… 情けないとか思っていないだろうな。私に限った話ではないのだ、スケルトンになった身なら絶対に判る。犬や狼がどれだけ恐ろしい生物なのか……操られて接近戦をやらされる奴らはみんな小便を漏らしてると思えよ?」

アスター「出ねーから。しかし、そんなにかよ……」

身震いしながら、彼はその恐怖を語りだす。

骨の斥候「いいか? 普通はな、骨だけしか残っていない状態で誰かに喰われたりなどしないのだ。ここから先は硬い、喰える部分がない。そう判断するのが正常な生物だ。だが犬の種族は違う! あの卑しい奴らは骨になってもかぶりつき、中の骨髄まで喰おうとする。そのざらざらしている舌で削りとろうとする。される側の感覚が判るか? 想像を絶するおぞましさだ」

正直想像したくない。

アスター「……いやその、触覚は切ってるんだけど」


12-2-7


骨の斥候「それで済む話ではない! 骨髄は神経なのだ、脳にまで絶望的な感覚がやってくるんだぞ!? お前に何が判る! もう食事をしなくなったスケルトンなのに、喰われる危険性だけは存在しているという恐怖! いつも喰われる側にしか居ない者の気持ちが判るとでもいうのか!? このかえるめ、うしくんに謝罪しろ!!」

アスター「ああもう、判ったって、その手の人形を使って力説しなくてもいいから」

つまり、骨にとって犬系の生物はトラウマものらしい。
そりゃまあ、犬が骨をガジガジ齧ってる姿は時々見かけるが、死霊術師の操ってる対象も好物に入るとは知らなかった。
恐怖を知らないアンデッドなど幻想に過ぎなかったようだ。

アスター「はぁ、どうしようか…… オッサンが戦えないとは」

困った。

死霊術師は、あまり炎を使おうとしない。炎はアンデッドにとって害になるとはよく言われる話だが、その理由は単純で…… 温めるとそれだけ早く死体が傷むから、に他ならない。
ここスカイリムは寒い地域だから、放っておくだけではそう簡単に死体は朽ち果てたりしない。気温が低く、腐敗のスピードが遅いからだ。
しかし、人為的に温度を上げてしまえば話は別。
寒さに対して鈍感で、原理など理解していないそのへんのノルドだって、暖炉のそばでは早く肉が腐ることくらい知っている。死霊術師もまた、火の番を死体にやらせたりはしない。
当然、仲間内でも炎の魔術を教え合ったりしない。温まる必要があるのは、生きている者だけだ。

まあもっとも、腐る心配のないスケルトンしか使わないアスターにとっては関係ない。炎の破壊魔術はむしろ覚えたかった部類だ。しかし教わる相手も呪文書も無ければどうしようもない。彼が使えないのはそういう理由だった。
今使えるのは相手の行動を鈍らせることができる氷系だけで、サポートが主な目的だ。主戦力にはなりえない。
さらに、狼はだいたい寒さに強いので炎ほど効かない。1匹程度ならやれるだろうが、群れをなして襲ってくるからこそ狼は怖いのだ。

アスター「一度戻って酒飲みオヤジに斧でも借りてくるかな……」

骨の斥候「いや待て。その、それはここに私を置いていくということになるな? ダメだ、いかん」

アスター「またバラして背負っていけっての? 大丈夫だって、まだ狼なんて見えないし」

骨の斥候「奴らは凶悪な鼻で餌を嗅ぎ当てるんだぞ、全然安心できん! 頼む、一人にしないでくれ……」

ここまで必死なオッサンを見るのは珍しい。

アスター「じゃあ戦えるか? 狼を見つけたら遠距離から狙撃だけしてくれ。近寄らなくていい。スキーヴァーだとでも思えばなんとかならないか? 遠くから見てればだいたい同じだろ?」

骨の斥候「違うわ! まあ、うーむ…… 近寄らなくていいんだな? 本当だな?」

アスター「オッサンをかじらせたりしないって。それに、魔術で炎が出せないだけで、炎が使えない訳じゃない」

そう言って、アスターは松明を振ってみせた。



炎を掲げながら、慎重に進んでいく。
野生の獣はあまり光に反応しない。その分、匂いには敏感だ。
今はこちらが風下になっているから、とりあえず匂いで待ち伏せされる心配はない、はず。
暗闇から襲われるのが何よりも脅威になるのは、死霊術師だって同じだ。

雲の切れ目から月の光が差し込んで、行き先を照らし出した。
崖の辺りが見えてくる。指示された隠し場所があの辺りにあるはずだ。

骨の斥候「……待て」

オッサンが手で制する。
黒い影がのそりと動いた。

骨の斥候「……あれは、蜘蛛か」

明らかに安堵した声を漏らすスケルトン。
確かに野生の肉食獣が居るかもという話ではあったが、狼だと決まってはいなかった。

骨の斥候「ならば、狙いは外さん」

弓を構え、すぐさま矢を放つ。
フロストバイト・スパイダーは悲鳴を上げて、そのまま倒れた。相変わらず見事な腕前だ。
警戒を解く。

アスター「やれやれ。あいつ、兎よりも酒の匂いで寄ってきたんだったりして」

骨の斥候「蜘蛛にも色々居るからないとは言えんが……ドラゴンブレス・ミードだったか? ノルドらしい名前だ」

蜂蜜酒としては異常なくらいアルコール度数の高いやつらしい。まさしく火を吹く酒だ。まぁ、ここに飲める者は居ないのでどうでもいいことだが。


12-2-9


崖下に浅い洞穴があって、そこに酒瓶が隠されていた。
かなり数があるが、ラベルが目立つので一発で判った。

アスター「ふう、心配要らなかったな。後はこれで  

瓶をひっつかんで背中の鞄に放り込む。
その肩を、スケルトンの手がつついてきた。

骨の斥候「ああああああアスター」

アスター「何だよ、もう帰るだけだぞ」

骨の斥候「後ろ! 後ろ!」

アスター「へ?」

くるりと振り返る。
そこには想定外の事態が発生していた。


12-2-10


崖の周囲の段差の上に、狼が群れを成していた。
囲まれている。唸り声をあげている。
もう、獲物として認識されている。

いつの間に集まったのだろうか。
いや、ひょっとすると、道中ずっと後ろからつけられていた、のかもしれない。
さらに風下のことが判らないのは自分達だって同じだった。

この数は、まずい。
一匹だけなら松明で殴りつければ済むだろうが、これでは……

アスター「……やべ…… おい、オッサン」

彼はまるで剥製のように固まっていた。

アスター「オッサン! 平気か?」

骨の斥候「お、おぅ…… もうちびったかもしれん」

アスター「100%ないから安心しろ」

骨の斥候「全然安心できん……ひぅぅぅぇぇぇぁぁぁ、嫌だ、来るな……」

声が掠れている。

アスター「……逃げるぞ」

骨の斥候「ど、どうやって」

頭脳面でも頼りにできなくなっている。
アスターはしゃがみ込んで叫んだ。

アスター「なんとかスキを作るから、後は走るんだよ!」

その途端、示し合わせたかのように狼達が突っ込んできた。


12-2-11


骨の斥候「ギャアアアアアアアアア」

アスターは構わず、足元の土砂をすくい取る。
そしてそのまま、向かってくる狼達の顔面にぶっかけた。
うまく目鼻に入ってくれたようで、獣の悲鳴が上がる。

アスター「今だ!!」

骨の斥候「ウヒィィィ」

揃って全力疾走する。
狼は苦しみながらのたうち回っているから、すぐに追いついてはこないはず。
そのまま村の方へ逃げて助けを求め…… ようとして、気づいた。

オッサンを連れてったら、素性がバレる。
死霊術師だと思われれば、衛兵が狼よりこちらを優先して攻撃してこないとも限らない。
しかし、途中で術を解くわけにもいかない。オッサンが狼の餌になってしまうし、取り戻せなくなる恐れもある。

今、他人を頼りに出来る状況では、ない!

アスター「クッソ、こいつら自前で始末しなきゃダメかよ……!」

体勢を立て直した狼達は襲撃を継続することを選んだようだ。次々と後を追ってきた。
一匹ずつやっていたら間に合わない。
何か、何かないのか……!

松明を振り回して牽制しながら逃げ回るアスターの背中で、手に入れたばかりの酒瓶がぽちゃぽちゃと音を立てた。

アスター「あ……」

これしかない。
急いで背中から瓶を取り出し、栓を抜いた。

アスター「ドラゴンブレスって名前、信じるからな……!」

狼たちが一斉に飛びかかってくる。
アスターは松明の炎の先に、酒瓶の中身を振りまいた。


12-2-12


狼を巻き込んで激しい炎があがる。並の火炎魔術などより強烈だった。
自分で驚く。

アスター「なっ、ま、マジかよ!?」

炎に包まれた狼達は逃げ惑い、一部は脇を流れる川に落ち、一部はそのまま力尽き、一部はそのまま姿が見えなくなった。

アスター「た、助かった…… さすがだな、ドラゴンブレス……」

もう、獣の気配はない。
二人揃って、その場にへたり込む。

骨の斥候「は、ははは…… 悪い、腰が抜けた…… はぁ、はぁ」

アスター「抜けたなら嵌めなおしとくか、そのパーツ」

骨の斥候「……なあ、扱いが雑になってないか?」

想像していたよりずっと大変な目に遭ってしまった。
これがお詫びだとか全く割に合わない。

骨の斥候「しかし、村に戻るには窮屈な鞄の中にまた逆戻り、か」

アスター「そーだな……」

脱力しながら、口うるさいスケルトンの解体をこなす。
荷物をまとめ直すだけでも一苦労だ。
脇に置いた酒瓶をよく見ると、半分以上減っていた。

アスター「これさ、タダ働きになるやつじゃないの?」

骨の斥候「仕方あるまい。命には替えられん」

アスター「……はぁ、やってらんねー」

鞄を背負ってとぼとぼと村を目指す。
もう深夜だ。ホルジェールの仕事だって終わっているだろう。
素直に宿を借りたほうがよかった。

アスター「疲れたから、宿借りるな。村出るまで黙っててくれ」

骨の斥候「ああ、ちょっと待て。それなら少しお前に頼みたいことが」

アスター「またかよ!!!」

骨の斥候「またとは何だ。骨の位置なら問題ない。そうではなくてな」

アスター「……じゃあ何」

骨の斥候「……背中がかゆい」

アスター「気・の・せ・い・だ!!!!」

この後、村に着くまでの間3回立ち止まることになった。





宿について、部屋を借りる。
とっとと休もうと紹介された部屋に荷物を下ろしたところで、部屋の外から声がかかった。

「坊や、ちょっといいかい」

女性の声だ。

アスター「何?」

返事をして振り向くと、相手はもう勝手に部屋に入ってきていた。
かなり無遠慮な人らしい。鞄の中身を弄っていなくて助かった。


12-2-5


「ああ、よかった、まだ起きててくれた。いやね、うちのボンクラ亭主と話してた子が居るって聞いてね。あんただろ?」

アスター「あの酒飲みのオヤジのこと? ……ってことは、貴女がオルダさん?」

オルダ「そうそう。いや、亭主が迷惑かけたね。どうせ隠してる酒持ってこいとか頼まれたんだろう。本当にロクでなしだ」

思いっきり行動が読まれている。
アスターが苦笑いで返すと、オルダはベッドの上に革袋を置いた。

オルダ「酒なんてあの男に渡す必要ないからね。酒瓶なら、私がこれで買い取るよ」

袋の中を見てみる。ざっと300セプティムはありそうだった。
食事代は別にしても、この宿に一ヶ月泊まれる額だ。

アスター「え、いや、その…… 有り難いけど、これは多くないか? そんな高い酒なのかなあれ。 ……それに、言いにくいんだけど…… 実は狼を撃退するために火付けちゃったからそんなに残ってない」

それを聞くと、オルダは笑いだした。

オルダ「火、つけたのかい!? ドラゴンブレスに? あっはっはっはっは、ビックリしたろう? いいよいいよ、カラ瓶でも買い取るから! 中身なんか要らないよ、あたしは飲まないからね。その袋も元は旦那の酒売り払った代金なんだ

アスター「気前いいな。そんなに旦那に飲ませたくないの?」

オルダ「頭がイカレちまうくらいキツイ酒だよ? よく燃えたはずだ。遊びに使うのは止めときなよ、威力は充分判ったろう

タダ働きになる所だったのだから、この申し出を受けない手はない。
あまり残ってない酒瓶を渡す。
オルダは笑顔のままそれを受け取って頷いた。

オルダ「あの酔っ払いには本当に困ってるんだ。何につけても酒、酒、酒。昔はもっとまともだったんだけど、飲み始めてからはダメだね。 ……でも残念ながら、あいつの製材所がないと私は食べていけない。せめて飲まさないようにするだけだよ。とにかく。坊やも将来ああならないように気をつけなさい」

アスター「はは…… 覚えとく」

正直、飲んだこともない内から気をつけると言ってもよく判らないが、今まで見た酔っ払いにはロクなやつは居なかったので想像はつく。

オルダ「それがいいよ。それじゃ、邪魔したね。ゆっくりお休み。 ……ああ、橋の向こうに行く途中だったんだろう? 明日はずっと亭主を見張っといてやるから、難癖つけられないうちに渡るんだよ」

アスター「あー、ありがとう」

オルダは気にするなと言うように手を振って、部屋を出ていった。
まぁ、ホルジェールは自業自得だろう。
臨時収入のおかげで、今夜は落ち着いて眠れそうだった。



骨の斥候……もしもーし、アスター殿、少しばかり肩甲骨を

アスター「……マジで術解こうかな」